2013年6月14日金曜日

学習意欲を維持させるのにオススメできないこと

定期試験が一段落つきました。
昨日まで、教室を早く開けたり何だりと足が痛くなるほどバタバタしていましたが(←運動不足)、今日はうってかわって、のんびりと時間が過ぎています。
そして、何やらボォ~っとしておりまして、、、えぇ、燃え尽き症候群ってやつですね、はい。

というわけで、こうならないための「意欲を持続させる方法」を考えてみようかと。

目標は小刻みに

なんだかんだ言って、目の前が見えない状況でただ「ほら頑張って」と言われても、頑張りようはありません。
そんな漠然とした状況では、なにをどう頑張ればいいのかすらわかりませんしね。
"頑張る"というのは、なにか目に見える目的や目標があって初めて成立するものだと思います。
そしてその目的や目標は、手の届く程度のモノにしておいた方がいいでしょう。

例えば、「このまま頑張れば10年後に1000万円もらえるから、ほら頑張って!」って言ったって、説得力無いでしょう?
それだったら「今週いっぱいきっちり続けたら、パフェ食べに行こう」の方がよっぽど頑張れます。私は。

「3年後の大学入試に向けて今からしっかりやらないと」よりも、「今週中に2次関数を仕上げちゃって、来週の模試で数学の偏差値をあげよう」の方がよっぽどわかりやすい。
その「手の届く範囲の目標設定を自分できちんとできること」が、まずは第1だと思います。

モノで釣るのはオススメしません。本当に

目標を達成することで得られるものは"満足感"です。
ただ、問題はそれが「次へ続く満足感」になるか、「そこで終わる満足感」になるか、どちらに行くかなと。

これは私自身の話ですが、中学生のとき「試験の成績が良かったら【PC98-DO】を買ってもらう」という約束を親としました。
まぁ「絶対に勉強に使うから!」というのは、きっと今も昔もお約束ですよね。。。(苦笑)
確か1学年がA~K組まであり、1学年が400人以上という、道内でも有数のマンモス校だったんですが、中学1年の夏頃の成績は60位くらい、だったかな?
物欲とは恐ろしいもので、1年の冬頃には成績が学年10位くらいにまで跳ね上がりました。
中学ではその辺の約束が上手く働きまして、なんだかんだで卒業まで5~20位をずーっと維持していたように思います。

上手く行かなくなったのは高校で。
これまた、PCの買い替えということで【PC9801-FA】を賭けて、、、

で、このサイクルって、上手く働くときはいいんですが、限界があるんですよね。
だって、その『ほしいモノ』が手に入った時点で満足してしまって、それ以上の努力は要らなくなりますから。
『PC9801-FAを次の試験まで使える券』だったら、もしかしたら次の試験も頑張ったのかもしれない。
でも、20年前の八反田少年にとっては、「手に入っちゃったらそれでオシマイ」だったわけです。

まぁ、おかげでこうしてPCでブログのアレコレをいじるのも、教材をPCで自作するのも何の苦でもないというスキルを手に入れたわけですが、、、
たぶんそれは親の意図や期待とは違う(笑)

念願のモノを手に入れたその先

報酬としてモノを手に入れた場合の現実的な問題として、「そこに費やす時間が増えること」も挙げておきましょう。

頑張って手に入れたモノであれば、当然使いたくなります。
「ゲームは1日1時間」って言われても、とうてい無理です。

ゲーム機でなくても、例えばスマホでもそうですよね。
「勉強中は電源を切っておく」「夜中のメールは禁止」って言ったって、誰がそんなの忠実に守れますかって、、、
ケータイは中高生にとっては友人と繋がるコミュニケーション手段の1つですからね、自分以外の誰かの意志や都合が介在する以上、それに付き合うことになるのは明白です。

だって、メールだってLINEだって、数時間放置して返信が途絶えただけで「なんで返してくれないのっ!?」って言われるわけでしょう?
仲間との付き合いを拡げるためのツールも、中高生にとっては"縛り"になっているって場合も少なくありません。
例えば、自分は勉強しだしてるのに友達からメールが来る、それの返信を打つ、それで集中が途切れる、散漫になった状態で時間だけが過ぎる。
容易に想像できる状況でしょう?

それを考えたら、試験前の頑張りに対するご褒美をモノにすることは、そうとうに意思の強い子に対してでなければ、次の試験のときには強力な足枷になると考えた方が良い気がします。
もしくは「ケータイは家ではリビングに置いておいて部屋には持ち込まない」という強力なルールを決めておくか、、、でしょうか。
どちらにしろ、強い節制が必要ですよね。

じゃぁ中学の時はなんで成功したの?

先に書いたように、20年前の八反田少年はモチベーションの維持に思い切り失敗したわけですが、それより数年前の中学生段階ではそれなりに成功していました。
なぜでしょうか?

理由は簡単、勉強すること自体が楽しかったからです。

今でもうっすら覚えてますが、中3の入試前時期だったかな?
とにかく関数のグラフの融合問題を解くのが楽しくて、その分野ばっかり夜通しやっていたりとかしましたからね。
圧力や浮力の問題の解説をノートに整理してみたり。(←これは女の子の気を引くためだったような気もしますが)
吉川英治の三国志を読んで、武将と戦争の年表を整理してみたり。(←クラスの誰かに「スゲーだろー」って見せるためだった気がする)
函館ラ・サールの理科の入試問題なんかは、中学では絶対扱わないような『水和水を含む硫酸銅水溶液の濃度計算』や、『塩化カルシウム管だかで気体を乾燥させたら水分で管の質量が変化してどうの』とかいう、今考えたら「高校受験でやらすことじゃないだろ!」的な出題もされていましたが、それも、きちんと解説を読んで考えるっていう、そのこと自体が楽しかったですし。

要は、好きな事に対してであれば、本人以外の人がわざわざ目の前にニンジンをぶら下げなくても、意欲は勝手に続くわけです。
なので、結局のところは、教科を学ぶこと、問題を解くことや考えること自体を「楽しい・もっとやってみたい」と思えるかどうか、が肝なんではないかなと。

そんな感じで、いかにもダルそう・つまらなそうにしながら目先の点数"だけ"を追いかける生徒を見ると、どうしてもそのままでは続かない気がして「どうやったら肩の力抜いてくれるかなぁ。。。」と思ったりするのです。


という辺りで、ダダダと書いてスッキリしたので、私は物理の問題でも解きに戻ります。
。。。今日・明日は試験明けだからほとんど生徒来なさそうだし。。。
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