2011年6月28日火曜日

夏期集中講座 『場合の数』

現在、夏期講習の集中講座のテキストを作成中です。

まずは高校生2・3年生向けの講座から『場合の数』を。

この単元、非常に扱いにくい分野でして。
数学の大半の分野~例えば高校1年生で習う『数と式』や『2次関数』という分野は、その後、数学IIでもBでもどっかかんかでその考え方が使われる部分が出てくるので、他の分野を進めていくうちに少しずつ理解が深まり、後からやり直すとそれなりにできるようになっているものなんです。
ところが、この『場合の数』と『確率』は、完全に他の分野から独立していて、1年の数Aで扱ったきり、教科書ではまるっきりお目にかかることはないんですね。
つまり、意図的に勉強しなおす機会を作らない限り、大学入試までに綺麗に忘れてしまっている場合が多い
そして、教科書レベルで復習しただけでは大学入試問題とのレベルに格段の差があって、教科書をサラッとなでたくらいだと、入試レベルの問題にはどうにも手がつけられないという困った分野でもあります。
さらに困ったことに、数学の大抵の問題は解説を見れば自分がどこで間違ったかがわかるものなのに、場合の数と確率の分野は「この方法でもよさそうなのに答えが違う。でも、どこで間違ったのか・なんでダメなのかが分からない。」ということが頻繁に起きるという、そういう分野なんです。

苦手の原因は大抵の場合は基本の理解が怪しいことです。
応用問題を解いたことがあるかどうかではなく、きちんと基本中の基本が身についているかどうか。
学校で習う段階では「この問題は順列、次にやるのは組合せ」という感じで、それぞれの状況の違いがあまり強調されないままに計算方法だけで通過してしまう場合が多いんですね。
ところが実際の問題となると、複雑な問題を読み解いた上で「この状況はどの手法で考えればいいのか」という部分の判断が要求される
そこでサラ~っとしかやってきてない大半の人は、何が何だかわからない状況に陥るわけです。

というわけで、今回の講座は、<数え方を徹底して基本に忠実に行なって、複雑な問題にも耐えられる地力をつけよう>というものです。


シグマゼミの集中講座は、どれも高校教科書の初歩からセンター試験レベルのちょっと上、大学入試レベルの入門までを扱う内容に設定しています。
時間の都合上、教科書全分野の網羅はできませんが、その分、取り上げた分野に関しては丁寧に1から見直し、段階を踏んで入試レベルの問題まで引き上げていきます。
まずはテキストを確認し、「あ、ココ苦手かも」という部分がありましたら、ぜひ受講をご検討下さい。

夏期集中講座『場合の数』のテキストはこちら(PDFファイル:550KB)です。
※テキストは、事前に修正や問題の差し替えなどを行う場合があります

受講のご相談は792-0490まで。

2011年6月24日金曜日

数学の”公式”はただの道具です

生徒の数学への取り組みを見ていると、どうにも「公式と計算方法だけ覚えればいいんでしょ?」的な発想が目につきます。
学校においても塾においても、自分の数学の指導はその考えを壊すところからスタートします。

簡単なところでは例えば「速度」や「割合」の指導がそうなのですが、生徒は言い方悪いですが馬鹿正直に「速度=距離÷時間」としっかり覚えてきます。
ところが、中学1年生あたりに「30秒で200mを走る速さは分速何m?」と聞くととたんに詰まるんですね。
「200÷30?割り切れないよ?」というのが多くの答え。
少し気の利いた子になると「割り切れないから分数で表してみよう」とか「30秒は1/2分の事だから、200mを1/2分で割って・・・」と行けますが、それでも理解としてはいまいち。
なぜかというと”分速”というものが何かよくわかっていない答え方だからです。

分速とは「1分間にどれだけ移動できるか」を表したものです。
ってことは、さっきの問題は「30秒で200m走れるなら、1分走り続けたらどれだけ走れる?」という質問でしかないわけですよね。
ところが「30秒で200mなら、1分はその2倍だから400m走れる。分速400m」と答えられる生徒はほとんど見たことがありません。
それくらい小学校や塾で画一的に「速度=距離÷時間」と教え込まれてくるわけです。

「割合」にしても同じで、「割合=比べる数÷もとにする数」と教えられているようです。
でも、「ある学校では生徒全体の60%が塾に通っており、その人数は120人だった。この学校の生徒数は?」と問題を出すと、生徒からすると「"比べる数"ってどれのこと?」ということになって立式ができないわけです。
これにしても「"割合"ってのは"倍"と全く同じ。生徒全体の60%=0.6倍が120人になるってだけ。」といえば、大抵はすぐに解決するんですが。


何かにつけこんな感じで、とかく学校や塾で大切とされる"公式"に振り回されている生徒が非常に多いように感じます。
公式ってのはあくまでも道具でしか無くて、道具は「どう使うか」という使い方が大切です。
出刃包丁・柳刃包丁・菜切り包丁・肉切り包丁・・・と10本以上も包丁だけ集めていたところで「私、ゆで卵しか作りません」ではしょうもないわけで。
本当のプロは、少ない道具でもそれを上手に使い倒すことで驚くほどいろいろなことをしてみせるもんです。
その辺りのイメージ作りを手伝うことができるというのが、正解しか書いていない問題集や参考書のまとめと我々生身の人間との違いではないかと思っています。


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最後まで読んでいただきありがとうございます。
「なんだかいっぱい覚えることあるなぁ。。。」と教わり方に疑問に感じてる方はぜひシグマゼミへ。
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何をもって「ヨシ」とするか

塾に来ている中学生の定期試験の結果が戻ってきました。

3年生の生徒さんは、ここでも何度か触れた通り、もうそれこそ毎日びっしりの勉強で、教えている私の方が「こんなにやって大丈夫?倒れない?」と思うほどでした。
結果はというと、点数的には"大満足"とはいえないまでも半月程度でダァ~っとまくったわりには"まずまず"という感じ。
ただ、数学なんかではしょうもないミスもかなり見つかり、「落ち着いて取り組めれば9割取れただろうな」という印象。
数学・英語・理科あたりでは「教えた内容に対して理解不足での間違いはほとんどなかった」ことから今後の伸び代もかなり見え、私的には「今回はこの点数だけど、今後は大丈夫」という感じでした。

ところが、その生徒さん当人はというと「ダメだー全然ダメだー」の繰り返してでして、なんぼ私が「大丈夫大丈夫」といっても、「この点数じゃぜんぜん大丈夫じゃないー!」と。
どうも、「何点以上が評定5」という学校の先生の言葉が重くのしかかっているのか、点数がその基準を少し下回ったことに対してものすごく評価が厳しいんですね。
つまり、気にしているのは内容の理解度ではなく、点数=評価=内申点というわけです。

まぁ確かに、北海道の公立入試の場合、内申点の比重が非常に大きいので、入試で点数を取る力よりも内申の良さの方が重要視されてしまうんですよね。
つまりそれは「定期試験で点数を取る力」なわけですが、ただ何度も繰り返してますが、その定期試験や評価基準がいいものかどうかは元教員の立場から見て非常に微妙なわけです。
そしてこの内申点、恐ろしくいい加減なことに、同じ市内であってさえ学校によって評価基準が雲泥の差というくらいに違う。
ある地域を基準にみて実力(入試での得点力)的にどう考えてもDランク(評定オール4)くらいだろうという子が、ある地域ではA・Bランク(評定オール5に近い)だったりしますから。
ところが入試本番となると、同じくらいのランクの子が集まる中での競争ですから、最終的には得点力の方がものをいうわけです。
そして高校進学後に要求されるのは、入試のような試験でキッチリ点数を取れる力の方です。
大学入試では内申点なんて推薦入試以外では関係ないですから。

そう考えると、もちろん定期試験の結果それ自体も大切には違いないのですが、そこだけに固執していてはその先に控えているものの大きさがかえって見えなくなってしまいます。
そして、評定はこの1回だけで何かが決まってしまうというものでもありませんし。
「後から取り返せるだけの力が見えた」という意味で私的には「半月の成果としてはまずはヨシ」なんですが、そのあたりはなかなか伝わらないようで。

「もっと出来たはず、こんなんじゃ満足できない」というその気持ちは今後の頑張りにつながるのでとてもいいことなんですが、でもどっかで「よし頑張った、今回はコレが出来たからヨシとしよう」と自分で肯定的に評価をすることも、長い道のりの過程では大切だと思うんですよね。

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「もっと頑張りたい」という意欲にあふれている方、納得行くまでとことんお付き合いします。一緒に勉強してみませんか?
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2011年6月21日火曜日

先生、”問題の難しさ”というのを勘違いしてません?

生徒が定期試験を持ってきてくれたので見てみたのですが、その中の数問がどうにも気に食わないのです。

<問題>
A駅から90km離れたC駅に向かって11時に出発した電車が、B駅で30分間停車し、C駅には12時半に到着した。A駅からC駅まで移動したときの「平均の速さ」を求めよ

数字は適当ですが、大雑把にこんな感じ。(コピー取ってないもので)

「平均の速さ」というのは「ある区間を同じ速さで移動し続けたと考えた場合の速さ」のことです。
例えば算数の問題としては「60kmを2時間で移動したら→1時間では30km進める速さ→時速30km」と計算するわけですが、現実的にはその60kmの移動中、信号で停まっていることもあれば、高速道路で80kmで走った区間もあるかもしれない。
そういった移動途中の速度の変化を一切無視して「60kmを”最初から最後まで同じ速さで”2時間かけて移動したら」と考えるのが「平均の速さ」という考え方です。
つまりこの「平均の速さ」という言葉は「途中で停止したとしても」というのが言外に含まれていると考えるのが普通です。

で、この問題、中3理科の問題ですが、
模範解答によると<正解は停止した30分を除いて移動時間は1時間と計算する>んだとか。

ほぉ。
では、静止している状態は「運動」とは認めないということなんでしょうかね?
たしか、物理の世界では「静止状態」も速度0での運動と解釈したと思うのですが。
横軸に時間、縦軸に移動距離を書いたグラフを作った場合、普通は2点間を結ぶとその平均の速さが直線の傾きで表されるわけですが、そこに水平部分がある場合はそこを省くなんてことをわざわざするんでしょうかね?

自分も、定期試験だけではなく私立中学・高校の入試問題などを作問する側に居たからより一層思うのですが、試験の問題というのは絶対に解答者に複数の解釈を与えてはいけないのです。
法律の文章もやたらクドクド難解な表現がされていますが、アレも好き勝手に複数の解釈を持たれないようにするためですよね。
「見方によっては~」とかいう時点で、それは試験問題ではなくただのクイズです。
出題者は「難しくしてやろう」とヒネったつもりなのかもしれませんが、「難しい」と「意地が悪い」と「出題者自身が何が大切なのかすら分かっていない」は完全に別物です。
先日も書いたので繰り返しになりますが、定期試験で生徒の思考をもてあそぶなと。


さらに酷かったのは社会科で、<時事問題>と称して、
担任の先生のフルネームを書け」 やら 「修学旅行のテーマはなんだったか」 やらが出題されてましたが。
あ、これ、中3の定期試験です。

普段の授業がどれだけ素晴らしかろうと、人格的にどうであろうと知ったこっちゃ無く、少なくとも定期試験の出題者としては失格だと思います。 

先日も書きましたが、
どうか保護者の皆さん、点数の1点や2点で騒ぐのではなく、出題されている問題、そしてそれにどう答えた結果の点数なのかの方こそよく見てあげてください。
たとえ90点だったとしても、残りの10点が"どーでもいい出題"だった可能性だってなくはないんです。

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大丈夫です、外部模試ではこんなしょうもない出題はありませんから。。。

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2011年6月19日日曜日

「裁量問題対策」という煽り文句

この記事はしばらく前に書いたものなのですが、『裁量問題』というキーワードでこちらの記事に辿り着いた方が多かったようです。
やはり、裁量問題の情報を欲している方は多いようで。。。
2013年度入試で、入試もかなり様変わりをしていますが、せっかくですので、こちらの記事もあわせてどうぞ。
→『個人面談では、こんな話をしています その2


そろそろ新聞折込チラシに大手学習塾の夏期講習の案内が目立つようになってきました。
もちろん学習塾の売り込みは「学校の成績を上げること」「高校受験で合格させること」ですが、ここ数年の目立つ売り文句は
「公立高校入試・"裁量試験対策"もバッチリ!」
というやつです。

裁量問題 実施の背景と実際

数年前まで、北海道の公立高校の入試問題は、全国的に見て最も簡単なレベルと言われていました。
例えば道内トップと言われる札幌南高では、合格者の平均点が300点中270点(各科目60点中54点を取っている計算)にもなり、「普段どれだけ優秀な生徒でも、当日の1問のケアレスミスで合否が分かれる」という状態でした。
そこで3年前に導入されたのが、学力差での点数差をつけるための「国数英の裁量問題選択」で、裁量問題は国数英の3科目それぞれに15~20点分が大問一つを置き換える形で配置されます。

実際に出題された裁量問題を見てみると、3教科とも確かに一筋縄では行かない出題がされています。
それこそ、学校で評定5を取っているAランク・Bランクの層の生徒でさえ、問題によっては全く手がつけられず、いろいろな資料を見ると全道の正答率が0.0%なんてのもあったりします。
実際、以前教えていた塾生の様子を見ていると、札幌東高に合格する学力の生徒でも、裁量問題部分は20点中5点しか取れていないなんて生徒もざらだったんです。
つまりそれは「上位層の誰もが解けてしまって点数差がつかなかった」過去の入試からは変わったものの、「上位層ですら誰もが解けない問題が出題されて、やっぱり点数差はあまりついていない」ということを意味しています。

この裁量問題が実際に運用されて3年、道内トップの札幌南高の合格者平均点は5教科300点満点で250点程度、合格の最低ラインはBランクの230点というところ。
230点というこのラインは、裁量問題の国数英で40~45点ずつ、理科・社会で50~60点ずつという感じでしょうか。
南高でそのラインですから、それより受験者の学力層が一段下がる他校に関しては、「裁量問題にはほとんど手をつけられなくても、他で満点を取れれば合格できる」ということを意味しています。

受験生がすべき準備は?

もちろん裁量問題に対応できるだけの知識・思考力をしっかり身につけるとことは、のちのちの学習にも必ず良い影響を及ぼします。
ですが、それはなにかピンポイントの「裁量問題対策」で身につくものではなく、十分な基礎学力の土台の上に出来上がるもののはずです。
であれば、裁量問題対策の前に、「それ以外の問題を完璧にきっちり解ききること」が優先されるべきですね。

大半の塾の宣伝は「お子さん、そのままで将来は大丈夫ですか?」という不安を煽ることからスタートします。
裁量問題についても、大手はしきりに「対策練らなくて、大丈夫ですか?」と言っているわけですが、その対策が必要なのは札幌南・北高などのトップ校を目指す生徒くらいなもの。
しかもそれは問題を解く段階でも最後の最後に回すべき部分です。
それ以外の大半の生徒にとっては、裁量問題対策自体が「不要」とまではいわなくても、それでも優先順位は非常に低かったりもするわけです。
であれば、生徒の学力を心配するのであれば、まずは普通の問題をきっちり解ききれる基礎力の強化に充てるべきだし、それをきちんと謳うべきではではないかと思うのです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
現在、シグマゼミでは夏期講習のパンフレットを準備中です。
もしブログを読んでシグマゼミの活動に興味を持っていただいた方は、ぜひ、サイトの方もご覧頂ければと思います。
よろしくお願いいたします。
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2011年6月18日土曜日

定期試験おつかれさまでした

昨日で定期試験は一段落です。
まだ結果が返ってきていないので、努力がきちんと報われているかどうかということが非常に気がかりではありますが。。。

中3のある生徒さんは、
試験の前日まで、毎日18時半過ぎに塾に来て、そこからほぼ休憩なしでびっしり勉強。
ほぼつきっきりの状態(同時に入っていた高校生は@willで自習をしていました)でアレコレ穴埋めをしていると、なんだかんだで毎晩23時あたりまで行ってしまっていました。
あまり遅くなるとご家族にも心配をかけるという理由で本来のうちの営業時間は22時までなんですが、ヤル気あるところに水をさすのも何なので今回は目をつぶるということで。。。

ただ、気になったのは、さらにその後「帰宅後も1時頃まで勉強する」とか言っていたあたりでして、ただでさえ学校で普通に過ごした後で塾に来て、つきっきりでそれなりにハードな勉強をし、さらに帰ってからもとなると、体力的に本人が疲れを感じるかどうかは別としても、学習効率は上がるわけがないんですよね。
その当人にも話したんですが、試験前の一夜漬けとはよく言いますが、実際のところ、試験前夜にどれだけ負荷をかけて集中的に補充をしても、それで頭がぼ~っとしていてまともに頭がはたらかない状態だったら元も子もないわけで。
という話をしてもどうにも心配性なのか、何かはやらないと気が済まないようなので、前日の最後の授業の後には「帰ったら今日は軽くだけやってとっとと寝るように」と伝えましたが、、、どうしたかな。。。?

それに、せっかく時間をかけてしっかりと学んだのに、試験の終了と同時にやったことを全て忘れ捨ててしまうようなことにもなってもらいたくない。
なので、やはり試験範囲の狭い定期試験と言っても、試験寸前に集中的に叩き込むより、長い時間をかけてじっくりと身につけていって、試験前はそれをサラッと見て思い出せるようにしておくというのが最良ではないかと思います。
うちの塾の場合、そのためにどれだけ時間をかけてもそれ以上のお金はかからない設定にしているわけですし。

Yahoo!へのリンクですが、「一夜漬け やはり身につかず」なんて記事がありましたので、紹介を。

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2011年6月16日木曜日

定期試験はなんのため?

とうとう明日が定期試験ということで、中3の生徒さんはここ2週間、日曜を除いては毎日4時間くらいずつ勉強をしに来ています。
5月後半に入塾された方なので、苦手の英語はまずはそれまでの確認から始めて、ときには2年生の内容に戻りながらどうにか穴を埋め、ダメだと言っていた社会科は先週から4日間くらいでどうにかまとめ、ギリギリですが歴史の流れはそこそこ頭にも入ったようです。
それだけ頑張ったからにはやはりなんとか結果に出てほしいものなんですが、話の中でちょっと気になることが。

「あ~ヨサコイやったの忘れてた。どこが優勝したの?」という生徒の叫びが発端。
私の方はといえば全く興味がないので「ぜんっぜん知らん。そんなに好きなの?」くらいの反応だったのですが、聞いてみたら「優勝チーム、社会のテストに出るのー!」って。。。

<時事ネタ>ってことで、そういう内容を過去に出題されているらしいんですね。
それ、<芸能・娯楽ネタ>でしょう。。。
実はその先生に限らず、前の塾でも「保健体育の授業で時事ネタが出る」というのがあったんですが、その時には、「サッカーのなんだかカップで日本は何回戦まで勝ち進んだか」だったとか。
それのどこが学校の定期試験に出題すべき内容で、それのどこが生徒評価につながるんでしょうかね?

アタリマエのことを言うようですが、定期試験は「生徒がきちんと学習内容を修めているか」を確認するための手段であって、先生個人の趣味で生徒を振り回して遊ぶべきものではありません。
評価項目の中には「興味・関心を持って学習しているか」というのがあるのですが、それは「先生の身勝手な趣味に対して」ではなく「教科内容に対して」であるはずです。
その辺をどうも曲解しているとしか思えない出題が、平然とされているんですよね。

そういや、同じ中3生が、「英語の暗証の試験があって、28秒以内と言わないといけない」ということも言っていました。
「24秒で言えたからセーフだったっさー」とか言っていましたが、70wordsの文章を暗唱し、そこに時間制限をかけることにどれだけの教育的価値があるんでしょう?


私の立場はたかが場末の一塾講師なので、せいぜい生徒本人に対して「んなクダラナイ問題に付き合わんでいいから、入試本番で点数取れる力を付けとけ」と言うくらいしかできないわけですが、それでは当の勘違い教師はいつまでもこのような出題を続けることでしょう。
保護者の皆さん、試験が返ってきたら、点数だけではなく「どんな出題がされているのか」の方にこそ興味を持ってみてください。
「こんな問題で生徒を評価してんの?」と思うようなありえない出題、意外と多いんですよ。

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ちょっとしたことに疑問を感じれる力

『16日明け方頃、皆既月食が観測され、、、』っていうニュースを見てこの記事を書き始めたのですが、札幌は観測前の段階ですでに地平線に沈んでしまうので見られないらしいです。。。


月食について習うのは今は中3の受験期寸前です。
天体の話は、小学校4年生で星座を扱って以来ず~っと教科書には登場することがなく、中1の社会科・地理で時差の勉強をするときも「地球が自転しているから昼夜の変化が起こる」ということを知らない生徒が多いそうで。
中3段階で自転・公転と時間の変化・季節の変化などの関連性を学ぶわけですが、授業の中で皆既月食に触れるとしたらまさにこの時です。

ってわけで、軽く授業を。

さて、皆既月食が起こる理由は、太陽・地球・月の位置関係にあります。
我々の眼には月は明るく輝いて見えますが、月は自分で光を発するわけではなく、太陽の光を受けて光って見えるんですね。
ところが月も地球の周りを移動するため、地球との位置関係によって光って見える部分が変化していきます。
これが「月の満ち欠け」です。

地球から見て月が太陽の方向と直角な位置にあるとき、半分だけが光って見えるので「半月」(正確には上弦の月・下弦の月です)と呼びます。
地球から見て月が太陽の方向にあるとき、地球からは光の当っていない影の部分しか見えませんから月は黒くしか見えません。これが「新月」です。
逆に太陽-地球-月の順に並ぶとき、月は太陽の光を地球側の全面に受けるので、地球からは「満月」が見えることになります。

と習い、教科書にもワークにも資料集にもそうやって説明が書いてあり、上のような図も書かれているのですが、では皆既月食はというと、<太陽-地球-月の順に並ぶとき、太陽の光は地球によってさえぎられ、月が地球の影に入って見えなくなる。これが皆既月食>という説明になります。

「ん?」と思えましたか?
満月の起こる原因と皆既月食の起こる原因は全く同一の説明になっています。
確かに「皆既月食は満月の時にしかおきない」のです。でも、満月だったら必ず皆既月食になるというわけではないんですよね。
ここを不思議だと思えるかどうかが、興味を持ってその一歩先に進んで面白さを感じられるか、それとも字面だけの理解で無味乾燥な試験用の知識として頭に放り込むだけで終わるかの違いが生まれるように思います。
 (ちなみに、正解はこちらです。)


自分の恥を晒すと、
中学生の頃、歴史の授業で「銅鏡」というのを習いました。 こんなの(→google画像検索)ですが、、、
当時どーーーーしても納得行かなかったんですよね。「コレのどこが鏡なのか」と。「こんなに模様書いてたら何も映らんじゃないか」と。
そう疑問に思うだけ思って15年が過ぎまして(笑)、ようやく納得行ったのは28歳で東京の博物館に初めて行って実物を見たときです。
「あ、、、コレ鏡の裏面の飾りだったんだ。。。表はたしかに鏡だわ。。。」
資料集の写真、表の鏡面は全く写真として載せず、裏の模様しか見せられませんでしたからね。。。

百聞は一見にしかずとはよく言ったもので。。。

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2011年6月15日水曜日

進路を考える資料、置いています

関連する内容を昨日も書きましたが
私自身の経験と後悔をふまえ、進路の選択は、まずは徹底した情報収集、そして自らの決断によるべきだと思っています。
これは高校受験でも大学受験でも同じ事。
立場上、相談されれば「○○とかいいんじゃない?」と勧めることは出来ますが、でも、最終的にそこに数年間行くのは本人ですから。
「自分で選んだ」という気持ちが強くなければ、入ってからなんだかんだと不満に思ってしまうものです。

というわけで、情報収集手段の一つとして、高校で進路指導担当をしていた頃の記憶を頼りに、進路情報紙を発刊している出版社様にお願いし、フリーの進路情報紙をいくつか分けて頂きました。
高校によっては生徒全員分を取り寄せて進路指導の一環として全員に配布したりガイダンスで利用していたりするんですが、高校3年段階でも「もらったことない」という場合もあるようなので。。。


進路情報紙については今後も少しずつですが集めていき、有益な情報については随時提供できるようにしたいと思っています。

なお、シグマゼミのサイトには進路情報へのリンク集を設置しております。こちらもぜひご覧ください。


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2011年6月14日火曜日

ちょっと、おかしくないか?

うちの生徒さんの通っている某高校のこと。

高校1年生のその生徒さん、最初の定期試験が終わり、その結果が帰ってきたというのでまぁその結果について色々話をしていたのですが、その中で「大学入試の分厚い本買ったさ」という話になりました。
大学の概要と受験科目一覧が載った、大手予備校などか出版している2500円とかする電話帳のような本のことです。
で、「買って調べるのはエライけど、さすがにまだ早いんじゃないの?」と言ったところ、「学校で選択教科の希望調査があって、来週中に提出なんです」と。

ちょっと待て。
来年度の選択教科の希望ってことは、場合によってはそれによって受験科目が絞られるということ。
つまり、自分の進路の方向性がある程度であれ決まっていなければ選べるわけがないんですよね。
特にその学校はかなり特色ある選択群を持っているので、受験志向の授業と教養志向の授業とで
なので、身につけられるものが大きくわかれてしまう。
であればなおのこと、
・大学で学べる学問にはどういったものがあって
・それはどういう学部で学ぶことができて
・それからどういう学部を受けようとしたらどういった受験科目が考えられて
・それで受けるには学校ではどの科目を選択する必要があって
・この選択を選んだ場合は何に有利で何が不利になって・・・
そういった選択の内容と大学入試の情報をきちんと渡した後でなければ、当然ですが「この授業取ったけど、進路につながらない」とか「あそこ受けたかったけど受験科目が・・・」なんてことにもなりかねません。
それを1年生の6月に、しかも2学年の選択だけじゃなく3学年のものも同時に行い、さらに「現段階では予備調査だけど、でもほとんどキャンセル不可」ってのはどういう事なのかと。
少なくとも、大学入試に一般入試・推薦入試・AO入試があって~なんて話も殆ど知らない状態。
これが話を持ってきた生徒の聞き違いや勘違いであればいいのですが、もしも学校側が本気でこの時期にそこまでの選択を迫っているのであれば、生徒の進路設計に関してはほとんど指導する気がないと言っているようなものではないのかと。

ちなみに、「そんな分厚いの買わなくても、進路指導室に置いてあるんでないの?」という問いに対しては「うちの学校進路指導室、開いてないから中に入れない」とのこと。
これらが全てホントだとしたら、とてもじゃないけれど、その学校、中学生には進学をオススメできないなぁ。。。


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2011年6月11日土曜日

試験の回数が少ないことはいいことか?

私が中学生・高校生だった20年程前、その頃は3学期制で中間・期末試験が学年で5回、それに夏休み・冬休み明けには学力試験があり、その試験では模試のように「中学で今までに習ったところ全範囲から出題」というのが普通でした。
ところが、ゆとり教育の考え方が推進されていくに従い学校で行われる試験の回数も減少しており、今の中高生はといえば、少ないところでは学校で課す試験は定期試験の4回だけなんていうところもあります。
そうすると、試験自体がないため、当然ですが試験勉強の回数も減ってしまいます。

生徒にとっては試験自体がイヤなものですから、試験勉強だって回数が減るのは歓迎されることでしょう。
しかし、試験の回数が減るということは「1回の試験の範囲が長くなり、習ったことを振り返る回数が減る」ということに違いありません。
入試までの長期的な見方をすると、試験勉強という絶好の復習と定着の機会、そして全範囲網羅という模試的な試験の機会が失われたという見方もできるわけです。


塾で指導してきた生徒たちを見ると「学校の試験は点が取れるが、模試や入試ではゼンゼン」という生徒が非常に多くいます。
特に国語や英語では、当然ですが定期試験では”習った文章”で、”習ったことしか出ない”わけですから、模試のような「見たことのない文章は読めない・解けない」という生徒が実際にかなり多いのです。

模試や入試本番で点が取れないことには他にもいろいろな要因が考えられますが、まずひとつは、試験の機会自体が減り網羅的な試験に慣れていないということがあげられるように思うのです。


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2011年6月8日水曜日

「知る」と「わかる」

昨日は中3生の社会科の試験範囲の指導ってことで戦後日本史を軽くさらっていったのですが、正直、自分もその辺りの知識は20年ほど前に習ったきりで消滅しておりまして、資料集と参考書を開きながら一緒に勉強しているというような感じでした。
で、流れとしては「日本の敗戦」→「GHQによる民主化政策」→「朝鮮戦争による特需」→「高度経済成長」と続くわけですが、引っかかったのは”特需”という言葉です。
指導している側の大人はある程度は経済の仕組みが分かっていますから、”特需”という言葉から「戦争の物資を生産して米軍に売ることでボロ儲けしたのね」くらいの想像ができるわけですが、その仕組みが読めない生徒にとっては”トクジュ”という言葉は「焼肉屋?」くらいのものでして、「何らかの専門用語」でしかありません。
そうすると戦後の焼け野原からの復興と高度経済成長に繋がる資金の動きが読めず、その関連性が切り離されてしまいます。

生徒は学校からワークシートを貰ってきており、重要な単語とその周辺知識についてはある程度羅列されているので、それを見れば「知る」ことができます。
また大半の生徒は「教科書の太字は覚えた」という言い方をします。
ですが、その関連性や因果関係については単語の羅列からだけでは理解することはできません。
語句の意味を問われるクロスワードパズルやクイズならそれでいいのかもしれませんが、実際に立ち向かおうとしている公立入試だって一問一答形式の用語テストではないわけで。

きちんと流れを「わかる」ためにはその背景を正確に読み解くことが不可欠です。
そのためには教科書や参考書の本文をきちんと読み、地図を見ながら動きを知り、分からないことは調べという作業がどうしても必要になります。
この作業、実は生徒に教えるためにその準備として私自身がここ数日毎晩行っているわけですが、まっさらな状態から行うと、問題集数ページ分のまとめを作るにも軽く2時間くらいはかかります。
ただ、そうして、知ったことが増え、少しわかってくると、次にはわかっていないことが見えてくる、それをまた調べて、、、ということの繰り返しは、少なくとも私にとっては非常に楽しい作業でもあります。
そして、苦労しながらも自力でワークシートにまとめあげられたものについては、ほとんどが頭に入っており、その時点で問題集に載ってる大半の問題はさらっと解けるようになっているんですよね。
解けない問題があったらまたその時点で調べ直して穴を埋めればいいというだけのことで。

塾としては、試験で点数が取れるように話をまとめてあげて「これだけ覚えれば大丈夫」的なことも重要なのでしょう。
ですが、私としては、それ以上にこの作業と発見が勉強することの本質なのだと、どうにかして生徒に伝えたいと思っています。


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2011年6月7日火曜日

定期試験に向けて

中学も高校も、そろそろ学年最初の定期試験の時期。
いつものことながら生徒は皆さんよく来て勉強しています。

ある高3の生徒さんは常日頃からほぼ毎日3~4時間は勉強していっているので、ペース的にはいつもとさほど変わらないようですが、それでも試験前ということでかなり徹底して計算練習やノートの確認をしている様子です。
理系クラスに居ながら大学受験では文系学科を志望しているため、普段は数学3Cや理科の内容は殆ど触れてこなかったのですが、試験前ということで数学3Cを中心にやっている感じです。

また、ある中3の生徒さんは5月中頃からほぼ毎日来てくれていますが、かなりしっかり勉強していて定着もよさ気なのにひたすら「だめだー、自信ない」と言っています。
確かに1・2年生で扱っていたはずの知識が多少不足していたり問題慣れしていない部分があったりしますが、ノートを見てみると、かなり細かく自分でまとめ直していたりするんですよね。
英単語をひたすら書いて覚えたりとかという作業系の仕事は嫌だと断言してはいますが、自分でノートをまとめる手間をかける事を知っているのなら、勉強の仕方は大丈夫なはず。
堅実に勉強するくせが事前に付いていたこともあり、まだ数回の授業ですが少しずつ知識も増やしていけており、きっといい結果に結びつくだろうと期待しています。

大半の生徒たちにとっては「試験=試される=イヤなもの」でしか有りませんが、逆に「頑張った成果が発揮できる機会」と思ってなんとか乗り切って欲しいものです。

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2011年6月3日金曜日

「明日は友だちと遊ぶから来ない」

昨日がっちりやっていって、帰りには「明日は来ないから。また来週。」と言ってた生徒が予告なしに勉強しに来ました。
こういう、やる気になったときにパッと来て勉強していけるってのが大切かなと。
予定外だったのでその他の作業はどうしてもばたつくわけですが、それでも、これほど嬉しいコトはありません。

一気に頭に叩き込むには

昨日書いたとおり、長期的な観点で理解を残すためには、どれだけ面倒でも自分の手でひとつひとつまとめをしていくしかないと思います。
それがノート丸ごと1冊分の大作になるかA4に1枚程度のコンパクトなものになるかは、内容やその人の理解度次第なのでしょうが、でもどのみち「自分で作る」という作業に大きな意味があるのだと思います。


で、この話を生徒にするときに、必ず思い出すのは大学時代の友人のエピソードです。
彼は運動部所属で自分よりガタイが良く指も太く顔もいかついのに、5cm角くらいの紙で折り鶴を作ったり、2羽繋がった鶴まで小指にのるようなサイズで作ってみせるというような、外見に反し(ぉぃ)えらく器用なヤツでした。
大学の同級生の中でも頭が切れ計算も得意な彼ですが、統計学の試験の時、どうしても公式が頭に入らないというので、試験前日だったかにやたら真剣にカンニング用のメモを作り始めたんですね。
で、初めは幅10cmくらいの紙に公式を並べていっていたんですが「コレでは大きすぎて見つかる」と。
そこで更に小さな紙に書いていき、それでもまだ大きいからと、また作り直し、またさらに小さい紙に・・・
最終的には幅3cmくらいに書いていましたが、結局、何回作り直したんでしょうね?(笑)
歴史の資料集なんかを見ると科挙のカンニング下着の写真なんかがありますが、本当にそんなレベル。
読んでる方はだいたいお察しかと思いますが、そこまで徹底して書きなおしていたので試験の時にはもうすでに頭に入っていてカンニングの必要もなくなっており、もちろん、その労作は本番では使うこと無く済ませたという話。

結局、動機や用途(彼なりの冗談だったと信じていますが)はどうであれ、徹底して必要項目を整理し、何度も書きなおし、さらに改良し、なんてことをしているうちに自然と頭に染み込んだという話ですよね。
おそらくこれは英単語にしても社会科の年号にしても古文の助動詞の活用にしてもそう。
何かを覚えようと思ったらとにかく頭を使ってうまい整理を試行錯誤しながら何度も書くこと、たとえ時間や手間がかかっても、それに勝る方法なんてそうそうないということです。


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2011年6月2日木曜日

復習とは頭の中を整理すること

ここ2回にわたり、「忘れるのが当然で、思い出す工夫を」「”使えるノート”を作り、もっとノートを使うべき」ということを書いてきました。
が、これ、初めて補助輪なしで自転車に乗ろうとするときと同じで、「こうしろ」やら「コツはこうだ」と言われたところで実際にはそう簡単にできるようになるものではありません。


今週あたりから中高ともに定期試験が近づいており、うちの塾に毎日来ている生徒も試験範囲の復習をしているのですが、なにせ時間をかけて教えたはずのことも見事なほどキレイに覚えていない。
なのでその度に「ノート開け」「探せ」「調べれ」ということになるのですが、とにかく見つけられない、もしくはまとまって書かれていない。

「書いていても見つけられない」というのは、まず、何をどういう順番で習っていったかすら覚えていないってことです。
つまり、学んできたことが頭の中で時系列順にすら整理されていない状態。
例えて言うなら、机の上に新聞の切り抜きの束が順番バラバラに乱雑に積み重ねられていて、そこからお目当ての記事を全部めくって引っ掻き回して探している状態。
これをいちいち1枚1枚その都度やるというのだから、時間と労力が無駄にかかるのは当然のことでしょう。
新聞の切り抜きであれば、せめて日付を付け、その順番に置いておくなどするはず。
ノートにしても同じで、何度か見返すなかで頭の中にインデックスを作っておかなければ、いざという時に探せるわけがありません。

切り抜きであれば、時系列に整理できたら、次には「コレは科学、コレは政治、コレは、、、」という感じで各項目の関連性などで分類してファイルするのが普通でしょう。
勉強にしても同様で、学校では決められた順序で習ったものでも、例えば因数分解が方程式につながったり、方程式が関数につながったりと、それぞれに何らかの関連性があるはずです。
それをバラバラに切り離した状態にしておくのではなく、「この部分はココと関連があって~」というリンクを頭の中に作る必要もあるでしょうね。

自分以外の誰かに部屋を片付けてもらった(もしくは強制的に片付けられた)経験のある人はおわかりと思いますが、これらの作業は自分の手で時間と手間とをかけてやるしかありません。
そうでない限り「どこにしまったのかわかんな~い」という状態になって結局はまた全ての引き出しを開けてみるハメになるわけです。
同様に、ワークや問題集の”まとめ”や、学校の先生がご丁寧に用意してくれた”ワークシート”ってやつは、小奇麗に整理されててしまっているがために、作った当人には分かりやすくても、それを与えられる側にとってはまったく印象に残らないほうが多いのです。

結局のところ、どれだけ手間がかかったとしても、自分の力で整理しなおさなければ役にたつものにはならないのですが、中高生を見ていると、与えられたプリント教材やワークシート、そして板書をそのまま写しただけのノート、それらをそのまま眺めているだけで「復習している気になっている」子が非常に多いように感じます。
「うちの子はちゃんと勉強できているか?」と疑問に感じた際は、ノートの使い方を見、何かのポイントについて要点をまとめさせたりするというのも有効な手段です。


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