2011年4月19日火曜日

見えない努力の重要性

自分が今まで見た生徒たちにはまぁ勉強が得意な子から苦手な子まで様々いましたが、でも、「何もしなくても頭がいい」という子はそのうちのごくわずかに限られていると思います。
それ以外の大半の子は見えるところ・見えないところ、必ずどっかかんかで努力をしており、その努力の成果ではなかったかと思うんですよね。

一流の野球選手になろうと思えば「基礎体力をしっかり付け、筋肉トレーニングをし、素振りをし、走りこみをし」、そうやって少しずつ身体能力を上げていくはずです。
そして、それが周りに認知されていようとなかろうと関係なしにストイックに自分の能力を高めてきた成果がプロの方たちではないのかなと。


ところが、どういうわけか勉強ということに関しては「基礎計算をし、単語の書き取りをし、年表をまとめ、話をよく聞き、良く考え」という部分をすっ飛ばして「あいつは頭がいいから」としか生徒は言いません。
「基礎計算をし、単語の書き取りをし、年表をまとめ、話をよく聞き、良く考え」の部分は時間をかければ誰もができることのはずなのに、その時間をかけずに結果だけを追求する。
その結果、できるように変われるチャンスを逃し、「私は頭が悪いから」と自分で言い訳を作り、さらにやらなくなる。
どっかでその負の連鎖を断ち切ろうと思うのですが、これがなかなか伝わらない。


本気で心配するからこそ本気で話をするわけですが、反抗期真っ盛りの子たちにとってそれはただの小言でしかない。
かと言って衝突を避けなぁなぁでやっていてはどうやったって目標到達までに間に合わない。
きちんと分かってもらうためにはどうしたらいいのかと、いつも悩みます。

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