2011年6月3日金曜日

一気に頭に叩き込むには

昨日書いたとおり、長期的な観点で理解を残すためには、どれだけ面倒でも自分の手でひとつひとつまとめをしていくしかないと思います。
それがノート丸ごと1冊分の大作になるかA4に1枚程度のコンパクトなものになるかは、内容やその人の理解度次第なのでしょうが、でもどのみち「自分で作る」という作業に大きな意味があるのだと思います。


で、この話を生徒にするときに、必ず思い出すのは大学時代の友人のエピソードです。
彼は運動部所属で自分よりガタイが良く指も太く顔もいかついのに、5cm角くらいの紙で折り鶴を作ったり、2羽繋がった鶴まで小指にのるようなサイズで作ってみせるというような、外見に反し(ぉぃ)えらく器用なヤツでした。
大学の同級生の中でも頭が切れ計算も得意な彼ですが、統計学の試験の時、どうしても公式が頭に入らないというので、試験前日だったかにやたら真剣にカンニング用のメモを作り始めたんですね。
で、初めは幅10cmくらいの紙に公式を並べていっていたんですが「コレでは大きすぎて見つかる」と。
そこで更に小さな紙に書いていき、それでもまだ大きいからと、また作り直し、またさらに小さい紙に・・・
最終的には幅3cmくらいに書いていましたが、結局、何回作り直したんでしょうね?(笑)
歴史の資料集なんかを見ると科挙のカンニング下着の写真なんかがありますが、本当にそんなレベル。
読んでる方はだいたいお察しかと思いますが、そこまで徹底して書きなおしていたので試験の時にはもうすでに頭に入っていてカンニングの必要もなくなっており、もちろん、その労作は本番では使うこと無く済ませたという話。

結局、動機や用途(彼なりの冗談だったと信じていますが)はどうであれ、徹底して必要項目を整理し、何度も書きなおし、さらに改良し、なんてことをしているうちに自然と頭に染み込んだという話ですよね。
おそらくこれは英単語にしても社会科の年号にしても古文の助動詞の活用にしてもそう。
何かを覚えようと思ったらとにかく頭を使ってうまい整理を試行錯誤しながら何度も書くこと、たとえ時間や手間がかかっても、それに勝る方法なんてそうそうないということです。


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