2012年6月24日日曜日

大学ノートにこだわる先生たちへ

かつての学校勤務の中でいろいろな先生たちを見てきたので自分でもよくわかるのですが、多くの先生方の指導から比べると、私の指導は異質というかちょっとこだわる場所が違うというか、まぁ生徒からするといろいろと「えっ?」と思うことも多いようです。

いつもここで書いている宿題や課題に対する考え方もそうなんですが、今日のテーマは『ノートの使い方』

ノート作りには非常にこだわりがある先生が多いようで、たいていの先生は「ルーズリーフは使用禁止、大学ノートを使うこと」という指示のようですね。
個人的には、中学生の頃から「そんなところまで指示しなくたって、当人が勉強しやすいようにすりゃァいいじゃないか」と思っているわけで、そんな指示は無視してノート提出すら拒んだくらいなのですが、さすがに自分の塾の生徒に対しては「理不尽に思えても"指示"には黙って従っとけ」としかいえません。
そんなことでいちいち点数引かれるほどバカ臭いことも無いですからね。
(今でも覚えてますよ、中3の時に国語の先生に印刷室まで呼び出されて「お前が出さなきゃ示しが付かないから」とわけのわからない説教されたこと)


でもどうして「大学ノート指定」なんでしょう?
私の中学以降の勉強の仕方は、

  1. 授業でルーズリーフに板書をとる この時点ではかなり雑で、メモ書き多数
  2. 復習の時にノート整理をして、板書のメモ書きを清書
  3. その時点でルーズリーフを差し替え
  4. 問題演習などの足りない部分は差し込んでいく
という感じでした。
どうにもよくわかっていない部分なんかは何度も書きなおしたり加筆していたりもしているので、その箇所だけはやたらと詳しくかったり洗練された物になっているわけです。
実際、塾の生徒にも実物を見せていますが、20年経った今でも、ノートのどの辺りに何が書かれているかおおよその見当はつきます。
自分の成績が良かったかどうかはともかくとしても、少なくとも自分のノートをそれなりに使い込んでいたことは確かです。

で、こういったページの差し替えとか加筆とかがある程度自由にできるのって、ルーズリーフならではの特性だと思うんですよね。
自分の場合、数年分のノートが1冊にまとまっていたからそれを授業中に何度も開いて見返したりしたわけで、参考書的機能は確実に教科書よりも上でした。
もちろん大学ノートでも、きちんと保管していればいいことなんでしょうけど、でも、少なくとも去年のノートを常時持ち歩いてる生徒なんて居ないわけでしょう?

塾に来た生徒にも「それ、この前同じような問題解いてたでしょ」 と言うことが多いのですが「そこのノート、今は家にあるからわからない」と言われることが多いんですよね。
必要なときに見返すことができない眠ったままのノートなんて、どれだけ綺麗に書いたところでなんの役にも立たないでしょうに。




勉強の仕方やノートの作り方なんて、本人がしたいようにすればいいわけで、その人なりのスタイルや工夫があってしかるべきだと思います。
何でもかんでもフォーマットを決めて指示をするというのは、本人の工夫の余地を無くし、自分に合ったスタイルを見つける機会を奪うことと同じだと思うのですが、どうでしょうかね?
もちろん、小学校の低学年にならある程度の指示は必要でしょう。
でも、中学生ですよ?高校生ですよ?それくらいの判断くらいさせたらどうです?


ちなみに、今日生徒から聞いた<ルーズリーフではダメな理由>は「風で飛ばされるから」だそうですよ。。。


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