2012年12月4日火曜日

「こんなに頑張っているのに」という人へ ~演習編

前回の『授業編』に引き続き、 今度は『問題演習編』


生徒が自分で問題演習をしている場面でも、傍から見ているといろいろな問題点があって、「それじゃぁ練習じゃなくてただの作業にしかなってないよ」という場面がよくあります。
練習は<技術や知識を定着させるために必要な過程>で、作業は<ただ終わらせるためだけの時間>。

例えば、単純な漢字や英単語の書き取りなんかでも工夫の余地があります。
中1生が学校から出た「全部10回ずつ書いておいで」という宿題をしていたときのことです。
ある生徒は、最初の単語を指示通りに10回書いて、書いたら次、またその次と片付けていきます。
私の方からは「そうやってやっても、また最初の方を忘れるから、後から見なおししないとダメじゃない?」と言いましたが、 とりあえず終わらせたいという感じ。
でも、もう一人の生徒は、私が指示したわけでもないのに5回くらい書いたら次の単語に移って、ひと通り全部をさらうことからしていました。
そして、1週を終えてからまた最初に戻って、先に書いていたのを紙で隠して、自分が覚えているかどうかを確かめながら完成させていたんですね。
この面倒な宿題に「これできちんと覚えてしまおう」という意味付けを自分でしていたわけです。
前の生徒は単純作業として宿題を終えることだけを目的にし、後の生徒は宿題を自分のための練習に変えたんですね。

社会科の一問一答系のプリントをするときも同じで、わからないところを解答見て写すだけの子と、一つ一つを調べて納得しながら埋めていく子では効果が変わってきます。

さて、長い時間、熱心に勉強しているように見えても、実はただの作業にしかなっていない場合も多いのでは?

というわけで、問題演習をしている場面で気になるところを挙げてみましょう。

分からない問題に直面しても、似た問題を探そうとしない

うちの塾で扱う程度(中学なら道内入試レベル、高校ならセンター試験レベル)の問題なんて、パッと見で難しそうなものであっても、大半はどっかかんかで見たようなものが多くを占めます。
私がひと通りの説明をした後で練習としてやらせてる問題であればなおのこと、何らかの関連性のある問題が並んでいるはずなんです。
完全な新作問題なんてめったにないのに、問題の関連性を見つけようとしない生徒がとても多い。
ちょっと難しそうに見えただけでもうお手上げ。今までの経験に当てはめて「何か使えないだろうか?」と考えることをしません。

きちんと調べてみれば、「あの本にもこの本にも載っているような超基本的な問題」だったり、「アレもコレも基本の部分は同じ」ってことの方が多いのに、その根元を探らないんですね。
3題の問題をA,B,Cとバラバラに考えるか、A1,A2,A'と何らかの関連性を持って見るのかで、理解の仕方が違ってきます。
「既に知っているコト」の運用がものすごく下手な人が多いです。

「考えてる」といいながら手を動かさない

数学の問題なんかは特にですが、パッと見でわからなければまずは具体的に実験するのが一番です。
確率の問題は特にそうだし、関数や図形の証明でも、まずはわかっていることを書き込むことが最初の作業。方程式の文章題でも、まずは適当に数字を当てはめてみて、具体的に計算してみることが立式に繋がります。
ものは試しであれこれ試してみる中で、規則性に気付いたり、ポイントが見えてきたりするものです。

幾つかの要素が複合した問題なんかは、「ここまでわかってるから、あとはここがわかれば先に進めるのに」 という見込みが立ってこそ、解決の糸口が見えるのに、わかっていることの整理すらもしようとしないで、だま~って問題をにらみつけてる人が結構います。
にらんでる暇があるのなら、とりあえず図を書いてみるとか、図に数字を入れてみるとか、実験的に具体例を作ってみるとかしてみなさいよと。
ひらめきや勘というのは経験と判断とを結びつけるものであって「思いつき」とは別物なのに、まるで天の啓示でも待っているかのようです。
それを「考えてる」とは呼びません。休んでるだけです。

「わかりません」までがものすごく早い

上に挙げた人が大抵そうなんですが、とかく諦めるまでが早いです。
調べも振り返りも考えもしないで「わからない」と言っているうちは、説明してもどうせ頭に入りません。
前回も書いた通り「わかった」までもが早いですから、「わかったつもり」にしかなりません。
5歩のうち1歩すら進みもしないで「もう無理」ってのは、わからないんじゃなくて面倒がって放棄しているだけです。
上にも書きましたが、せめて図を書いて見るなりノートを開いて見るなりして、自分で探す努力・わかろうとする努力が必要です。

答えだけを聞こうとする

これまた上の人の大半がそうで、「わかりません」と質問をしても、解説や解答の根拠ではなく答えのみを聞こうとします。
「これって、どれが答えなんですか?」とは聞いても、なんでその答えになるのかの背景を聞こうとしません。

これは授業をしているとはっきりと態度に現れます。ホワイトボードを使って説明をし始めてもまだ下を向いていたり、こちらが説明してる途中から既に次の問題を見てますから。
大切なのはその問題に丸をつけることではなくて、次に似た問題が出たときに正確に解くことのはずなんですが、どうも目の前のプリントやテキストを埋めることにのみこだわりがあるようです。

数をこなすことばかりを優先させる

これも上の人とほとんどかぶりますね。
公文式やプリントバラマキ型の個別指導塾から来た方に多いんですが、問題を解いて丸付けすることだけに終始しています。
合っていたらそれでおしまい、間違っていても答えを写しただけでわかったつもりになっておしまい。
このタイプの人は、なぜ間違ったかを考えないから、同じ問題が出てきても同じだということにすら気付かずに同じ間違いを繰り返します。

きちんとわかった上での定着を目的にした反復練習の段階ならいいんでしょうけど、わかってもいないのに数だけこなしても、身につくことはほとんどありません。
ただやみくもに走ってるだけで人より足が速くなるかって言うと、たぶんなりませんよね。
ある程度進んだ段階では、ビデオ撮影でもしてフォームやスタート、ペース配分の見直すことが必要になるはずです。
同じように、ある程度の内容のある問題なら、数をこなすより1題からどれだけのものを得られるかの方が大切です。

本当はわかっていないのに、わかったフリをする

できない子の大半は、きちんとわかってないことを本人が頑として認めようとしません。
わかっていないことを恥ずかしいことだと思っているからなんでしょうけど、教えていてコレほど障害になることもありません。

わかったフリをするということは、基礎部分を治すチャンスを捨てていくことと同じです。
わかってなかったのなら、今の時点できちんとわかればいいだけです。
どこがわからないのかを隠した状態で先に進んでも、わからない部分が積み重なる一方なんですが、 プライドがじゃまをするのか、どうも無理に実力よりも先の方へ強引に進みたがる。
実力に合っていない問題をどれだけ解いたところで得られるものはほとんどありません。

今回のまとめ

といわけで、6項目挙げましたが内容的には3つです。
・どんな場面でも、自分の頭で考えろ
・いくら数だけこなしても内容が悪ければダメ
・自分ができていないことを素直に認めろ

次は、『試験編』を書いてみましょうか。

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