2011年9月27日火曜日

国語の試験は"作文"ではないということ

 夏期講習を期に中3生の参加が増えたため、集中講座のテキスト準備やアレコレであっという間に1ヶ月が過ぎてしまいました。
 この間に学力Aテストが終わり、またすぐにB/Cテスト・定期試験と、受験に向け一気に動き出したという感じがします。


 さて、シグマゼミでは基本的に時間の許す限り生徒の横に張り付いて勉強を見ているのですが、今まで見た生徒のほぼ全員が勘違いしていたと思われるのが国語の試験への取り組み方です。
 自分自身も学生時代はそうだったんですが、国語の試験というのは覚えるべきことがあるわけでもなく、設問に対しても「なんとなくコレだろ」という感じで答えてしまいがちです。自分なんかは「思ったことを書くのに正解とか間違いとかがあること自体おかしい」なんて思っていたわけですが、その考え自体が根本的に間違っているわけですね。
 そもそも"試験"ですから、採点者が統一した採点をするための採点基準というものが存在します。実際に生徒にも見せましたが、例えば「~について50字程度で書きなさい」という設問の場合、採点基準表には「①・・・・・・・・の内容が書かれていること ②・・・・・・・・・の内容が書かれていること」という<本文のフレーズをもとにした指示>があります。つまり、出題者が求めているのは50字の作文を0から創り上げることではなく、<該当する箇所を本文中から数箇所見つけ出し、50字程度に編集せよ>ということなのです。

 私の場合、このことを知ったのは採点者の立場になったごく最近のことですが、これを全く知らないのときちんと理解して取り組むのでは試験に対する取り組み方や設問に対する答え方が全く違ってきます。
 自分のオリジナルで50字を書きだそうとするのと、本文中の言葉を借りて50字にまとめるのでは考え方自体が全く違いますし、そもそもオリジナル性自体を出題者は初めから求めてなぞいないのです。
 「こんなに書いたのに△すらつかない」というのは一生懸命に言葉をひねり出した学生当時の私の愚痴ですが、どれだけ考えて書いたとしても、出題者の要求に沿っていないのであれば点数になるわけがありません。

  この話をする以前は「〇〇字で書きなさい」という設問を全て空白にしていた生徒さんが居ましたが、学力Aテストでは記述部分で半分以上の点数をもらってきました。
そういうことを考えると<できる・できない>以前に、<設問の意図がわかっていない>・<答え方を知らない>ということも多分にしてあるのではないかと思うのです。

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最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回のような国語の試験に対する考え方は『システム中学国語(出口汪)』や『田村のやさしく語る現代文(田村秀行)』を参考にすると良いかと思います。
どちらもシグマゼミの書棚に設置してあります。

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